夜の山動を黄色い車が走る。
運転をしているのは大柄な巻毛の中年。
「そいつが、半年前の被害者か。
髪の色まで変わっちまってるじゃねぇか。」
少女の髪は淡いクリーム色、日本人にはあり得ない色をしていた。
そして頭に生えた二本の白いアンテナは
少女が不可逆なまでに改造を受けた証だった。
何にも反応しない少女の目を見ても、少女の今後が絶望的に思えた。
それを鏡で覗いた中年は少女を哀れんだ。
「せめて日常生活を送れるほど、組織の技術が進んでいることを祈るしかねえな。」
中年が言うと壱織が心配そうに言った。
「大家さん、もし…駄目だったときは…」
「いいさ、変な住人にはお前等で慣れてるよ。
それよりは受け入れられる事を願えよ。」
大家さんと呼ばれた中年は壱織を見た。
そしてある事に気付く。
「おい、その子最初からそんな蒼かったか?」
「ふぇ?そういえばさっきから小刻みに震えてるような…」
壱織の返答を聞いて大家さんの予感は確信へと変わった。
少女は涙目で何かに耐えていた。
「………………うぇっ………」
車は急ブレーキした。
突然の急ブレーキで、今まで熟睡していたNo.4は目を覚ました。
「ぷぁっ!?なんだ何だぁ!!?」
「紅葉!!!そのガキ連れて早く道際に行け!!!!」
「ひゃいっ!!!」
大家さんの怒号に驚いたNo.4は言われるがままに車を出た。
紅葉(もみじ)とはNo.4の人間としての呼び名らしい。
「よし、そのままその子の背中をさすれ。
優しくだぞ。」
「???」
寝起きの紅葉はそのまま少女の背中をさすった。
「う…うえぇっ…」
それを車から見ていた大家さんは…
「…生身と変わりないみたいだな。」
と暢気なため息をこぼし、壱織は少女の吐いた物体を見ていた。
クリーム色のゲル状の物体。
建物の地下で、少女が絶えず注入されていたものだった。
「ファウスト…っ!!!」
壱織は、少女を非道な器具に繋ぎ自分達を人外へと改造した組織の名を憎々しげに呟いた。
夜明け、車はとあるアパートの前に止まった。
「他の住人が寝てるから静かに帰れよ。」
「「はぁぃ。」」
二人は小声で返事すると、少女を壱織が担ぎ鉄の階段をそっと上って行った。
それを確認した大家さんは安心のため息をこぼし、自分の部屋へと帰っていった。
菅原 大樹(すがわら だいき)37歳独身は生身の一般人である。
この中年が何故、彼女達非日常の存在と関わるようになったのかを語るのは
まだ遠い先のことである。
「はいよ手を上げな。」
紅葉は少女と一緒に風呂場の前で服を脱いでいた。
少女も、紅葉の言うままに今や服とは言えない布切れを脱いだ。
「言ってることは解るみたいだなぁ。」
生まれたままの姿(?)となった二人は遠目にみると生身の人間に見える。
だが、紅葉の横顔には耳がなかった。
代わりにあるのは銀色のアンテナ。
頭部の赤いアンテナこそが彼女の耳なのだ。
しかし…
「この子には…耳があるな…。
一体どんな改造を受けたんだ?」
壱織は二人が風呂に入っている間テレビでニュースを見ることにした。
壱織はあの二人とは根本的に仕様が違うのだ。
風呂には浸かれるが、浸かる意味がない。
『昨日午前8:45に、近隣住民の通報により
東京都杉並区在中の…さんがロストしていたことが判明しました。
付近の皆さんは戸締まりに細心の注意を払って下さい。』
「またか…。」
ロストとは、近年発生し続けている連続誘拐事件の総称である。
一般には、そう語られているが
実際、その現象の正体は秘密組織『ファウスト機関』のヒューマン・ミューティレーションである。
壱織は悔やんだ。
ロストした人間をどれだけ探しても見つけるには何ヶ月もかかり、その度間に合わなかった。
その様はまるでイタチごっこなのだ。
一緒に風呂に入りながら、紅葉と少女は黙っていた。
「………なぁ、なにか話せるか?」
先に口を開いたのは紅葉だった。
性格上、紅葉にはこの静寂は耐え難いらしい。
「ん~と、名前は…」「りさ…五花 梨沙。(いつか りさ)」
少女、梨沙は消えそうな声で答えた。
それを聞いた紅葉は嬉しくなって続けた。
「梨沙ちゃん…か、良い名前だ。
あたしは四季 紅葉で、もう一人は桜 壱織、それで…」
「…次はいつチューブを挿し込むの…?」
「……っ!!!」
紅葉が梨沙の方を見ると、梨沙は泣いていた。
梨沙が地下で受けた非道、大小不気味なクリーム色のゲルを絶えず吐き出すチューブを
口・鼻・耳・菊穴・そして幼い秘所…体中の穴という穴に深く挿し込まれ
ゲルを体内に吐き出される度、それが体中の細胞を蹂躙する。
暗い闇の中ただ自分が書き換えられる恐怖におびえる毎日。
「…梨沙ちゃん、あたし達はあいつ等とは違う。
もう君は自由なんだ、あんな酷いこともうされないで良いんだよ。」
「…同じことをしてた…。
聞こえた、怖い声を出して逃げる人達を、潰して、潰して、潰して…」
紅葉の表情に旋律が走る。
「あの人達がパパとママを殺したみたいに…。 」
その言葉が、紅葉にどれだけ重くのしかかっただろう。
紅葉本人も、自覚はしていた。
建物に進入する際、どれだけ多くの戦闘員を殺したか…
(久々の狩りだ…遠慮できる訳がない…)
「…っ!!!」
心のどこかで囁いた紅葉は両手で自らの顔をバチバチ叩いた。
紅葉はこの程度の衝撃で痛みを感じることはない。
これは紅葉なりの気付けだった。
「…確かに、私は汚れてる。
だから梨沙ちゃんだけは綺麗に日常に返してやりたいんだ。」
ニッと作り笑いをする。
「………。」
「信じてくれなくて…結構だけどさ。」
結局、梨沙は紅葉に気を許さなかった。
それでもいい、梨沙は明後日には親族に会わせる予定だ。
梨沙を受け入れて貰えるために綺麗にする。
汚れた自分は受け入れて貰えなかったのだから…

夢とは眠っている間に記憶をリフレインさせる作業であるという説がある。
その晩、紅葉は過去の夢を見た。
『やだぁっ!!やめて!!助けて!!
機械の体なんかなりたくない!!!』
紅葉もまた、ロストの被害者として
ファウスト機関に誘拐された実験体だった。
『おぉ、今回の実験体は元気なお嬢さんじゃないか。』
『ひっ……。』
機関の幹部らしき男が生身の紅葉の顔を覗きこむ。
そして手に持ったナイフを左手首に深く突き刺した。
『ぎゃいっ…あぁ…いあぁぁあああっ!!!?!!』
ナイフを捻り込まれる激痛に紅葉は悲鳴と言うにはあまりに本能的な叫びをあげる。
『手術を受けなければ痛みに解放されず死ぬ。
受けたいだろう?』
…頷かざるを得なかった。
狼のような体と最新の変身機構を与えられた紅葉は組織の暗殺班に道具として使われた。
消去対象は組織をおうあらゆる政府機関の長達。
対象を補足する度に首輪のような受信機構から衝動を送り込まれる。
最初は必死で抵抗する、しかし勝てたことはなかった。
(殺せ!!狩れ!!喰らいつけ!!!!)
(やだ…あたしは人間だ…犬じゃない…骨を折る感覚も、肉を喰いちぎる感覚も…気持ち良くなんか…なんか…)
どれだけ言い訳を考えても、その感覚を思い出す度に
全身を催すような感覚が沸き身を捩らせる。
人間形態で苦しむ私を心配し、対象が紅葉の肩を叩く。
『うぁ…あああぁぁぁあああっ!!!』
その瞬間、紅葉の脳の奥底が爆ぜた。
肩を叩いた手を握りつぶす。
肘で胴体の内蔵を押しつぶす。
頭を掴み体から引き離す。
まるで鬱憤が溜まった状態でぬいぐるみの手足をもぐ様な、それを何倍にも凝縮したような快感が両手を襲う。
『はっ…はっ…もう終わり?
周りの護衛でヤってもいいの?』
死体の肋骨を踏み折りながら先ほどまでの紅葉とは全く違う
快感に酔った声で首輪への送信者へ問う。
答えは、更なる衝動。
『ひはっ…いっぱい…殺せるぅ…vv』
パブロフの犬、それは当時の紅葉をもっとも正確に表せる言葉だった。
『はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…あは…』
理性と記憶は虐殺が終わって余額に浸っている間に帰ってくる
(もう少しこの快感に浸っていたい…)
そう思った時点で、紅葉はもう後戻りができないことを悟った。
それから数週間後の事だった、桜 壱織の抹殺指令が出たのは…
最初は、ただつまらなく感じた。
(なんだ…たった人間一人、快感に酔いきることもできない。
せめて人間としての後悔が残らないように殺そう…)
『君…名前は?』
『うん?』
突然話しかけられる。
『人間だった頃の名前。』
…ファウストのかなり深い所まで知っているようだ。
抹殺指令が出るのも当然、なら隠す必要もない。
衝動に任せて変身する。
『四季 紅葉、今はもうパブロフの犬。』
紅葉の返事を聞くと壱織はくすすと笑った。
『よかった、君はまだ答えられるんだね。』
言いたいことは解る。
私の他にも、改造を受けた仲間は沢山居た。
彼らは快感に完全に溺れきっていた。
『だからなんだ。』
『君を…助けられるかもしれない。』
紅葉は鼻で笑った。
『はっ、できるものなら!!』
右手に放電した電気が走る、そして拳を振り下ろす。
『助けてよ!!!!』
自分の為にせめて一瞬で殺そう、そう思っての電磁加速ブロウだった。
しかし、拳は壱織にあっけなく掴み取られる。
黒い手袋に放電した電流が逃げていくのが見て解る。
紅葉は動揺した。
『な…何で…?』
丸く優しそうな壱織の目が一瞬で鋭くなる。
『その首輪か……』
紅葉の手を振り払い、バックステップで大きく下がる壱織。
裾の長いコートを翻し、頭を隠す帽子を脱ぎ捨てた壱織を見て紅葉は確信した。
赤いアンテナ、胴回りの変身機構…
彼女もまたファウストのサイボーグだった。
だが壱織は顔を除いて殆ど機械の体を晒した状態だったのだが…
『変身!!!!』
壱織がコートを脱ぎ捨てて叫ぶ。
変身機構のバックルが唸り、壱織から発された熱風が辺りを覆う。
人工皮膚の周りを甲冑が包み込む。
頭部を緑のヘルメットと漆黒のバイザーが覆い
ヘルメットに束ねられた髪は熱を持って発光する。
それはまるでヒーローの出で立ちだった。
『あんたもサイボーグ…それも…』
『スプレーがないと肌も偽れない旧式よ。』
壱織は人間の常識を無視した加速で紅葉に積め寄る。
それが紅葉に恐怖を与える。
『う、うあああぁぁっ!!!』
紅葉は全力で壱織の全身を蹴りあげた。
壱織の体が宙に舞う。
しかしすぐに体制を正し落下してくる。
『ふぅっ…んぁ…あぁっ…』
それを待っている間首輪から激しい衝動が送り込まれ
紅葉は呻き声をあげて立ち眩みを起こす。
(何故狩れない!!殺す!!割る!!砕く!!従う!!)
『もう…嫌だあああぁぁっ!!!!』
高速振動と高電磁、二つを兼ね備えた凶器の拳を落下先に振る。
しかしその直前に壱織は空気を蹴った。
完全に振り上げた拳は戻せない。
反射的に蹴り上げようと片足を動かすと反対の足を払われバランスを大きく崩す。
そして顎に掌打を叩きつけられる。
『ぎゃんっ!!?』
脳を大きく揺さぶられ、暗転。
首元を引きちぎられた感覚の後、紅葉は思考を手放した。
どうやら組織では死んだという事にされていたらしい。
首輪を外されれば、変身機構の調整ができなくなり
暴走して死に至るからだ。
しかし、改造を受けた際、生命維持のため最も重傷を負っていた左手首が変身の要となっていた私は奇跡的に、助かった。
目覚めが近いらしい、夢は段々短い映像がフラッシュバックするようななってくる。
『そんな汚らしい人形が私の娘なものか!!
侮辱も対外にしろ!!!』
紅葉はその後家族の元に送られた。
改造前の記憶の大半を〈調教〉によって埋められていた紅葉は自分が良家の生まれだったことに驚いた。
しかし、紅葉の父は紅葉を頑なに拒絶した。
紅葉にはもう帰る場所がなかった。
『ねぇ、良かったら一緒に住まない?』
『へ?』
「…懐かしい夢を見たな…。」
時計を見ると午前11時、随分長い間寝ていた…
「…ん? どした?」
横にはおびえきった顔で正座する梨沙。その前に置かれた置き手紙を読む。
「え~なになに?
梨沙ちゃんの服を買ってきます。
大家さんには見つからないようにして下さい。
あの人のことだから「服買う金があるなら家賃払えよ。」と言いそうですから…」
…あれ?おかしいな、今声がかさなったぞ?
後ろを向くと、そこには鬼が居た。
「そりゃないよ壱織姉ぇ…」
紅葉は現在の驚異を相手に通用する言い訳を考えた。
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