『熱い…苦しい……』
何も見えない状態で、少女は茫然としていた。
体を支配しているのは、本来の性能を発動したことによる歓喜に近い火照り。
そして、息ができないのに死ぬ事も出来ない苦痛。
ナノマシンで形造られた『怪人の体』の内側では、コードが小さい体を縦横無尽に締め付け
あるところは接続し、あるところはぐちゃぐちゃに溶けて自身が機械と融合している。
しかし、そんなあまりにもヒトの脳では耐えきれないような変形より…何より少女を絶望させたのは…
『おかぁさん…モミジ…おおやさん……』
人の死を、再び間近に見たことだった。
今は爆発の影響で届かないが…蟲達は正確に、自分の絶望が放った爆弾羽虫達の資格情報を総て少女に送り込んでいた。
混乱と恐怖のうちに全身に羽虫を詰められ絶命した人もいた。
何も知らずに突然の爆発に巻き込まれ何も気づかずに絶命した人もいた。
そして爆発に巻き込まれたのは、自分を助けてくれて…少しの間でも大切にしてくれた大家さんと紅葉、そして壱織の姿もあった。
無事を知る術もない…少女は再び、ファウスト基地の地下と同じ闇と熱の中に居る。
闇雲に腕を振り回して、いやな感触が腕に伝わった。
そこを見ると、変異した自分の腕に血がこびりついていた。
また、自分が人を殺したのだ。
『「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!」』
怪人が人間の耳では理解不能な重低音の咆哮をあげたのと、紅葉の跳躍は同時だった。
軍服のファウスト戦闘員(女性タイプ)達が腕に内蔵した槍を紅葉に延ばす。
総てが地震に突き刺さる前の一瞬の動作、その内一本を掴む…
「うざってぇっ…んだよ!!!!!!」
…そして、力任せに振るった。
押し流されるように周囲の軍服達が紅葉の周りから離れる。
距離はだいたい20m、その間も、怪人の生み出した巨大蟲と軍服達がひしめいて争い合っていた。
そして、紅葉は怪人の咆哮をほぼ本能的に音声解析すると同時にその優れた視力で怪人自身を見る
複眼と外骨格の隙間から無限に血の涙を流しながら、怪人は…梨沙は暴れていた。
「梨沙………っ」
梨沙の感じている、戦闘機械と化してしまった自分がとうに忘れてしまった『殺人に対する罪悪感』…
それを紅葉は生体部分の唇が少し切れるまで噛みしめ、正確に、直線的に、梨沙の居る場所を向き
狼のように四つん這いに身を屈めた。
怪人に向かう軍服の壱段は、自身の金属部分に不自然な力がかかっている事に気付き紅葉の方を向く。
着地し、低くかがんだ紅葉の全身に…放電するほどの激しい電流が走っている。
「これ以上、梨沙を泣かせるなぁぁああ!!!!!」
紅葉が吠えた瞬間、咆哮の末尾がドップラー効果で高くなる。
それは最早、紅葉が銀の光を放つ砲弾と化したとしか表現できなかった。
軍服達の金属部分をレールとして、レールガンの原理で一気に跳躍したのである。
紅葉に一部でも触れた者は、軍服達も蟲達も、そのあまりの運動エネルギーと紅葉自身の放熱によって
ボフッ、
と、紅葉の征く道から放射状に破裂した。
「くぁぁぁぁあああああ!!!!!」
足を紙面に突き立て、クレーターを作り減速する。
しかし、次の瞬間紅葉の眼前に在ったのは
紅葉自身を噛み砕かんとする機械蟲の巨大な顎。
「どけぇ!!!!」
紅葉の電磁加速ブロウで、蟲の頭部はバシャア、と水風船のように破裂した。
「フーッ…フーッ……っぐうぅっ!!!??」
しかし次の瞬間に、蟲の頭があった場所から巨大な手が生えて紅葉の全身を掴んだ。
怪人が、蟲の後ろに手を入れている…蟲は怪人にとって児であり、体の一部でもあるのだ。
蟲の遺された体を吸収しつつ、怪人はビュルン、と紅葉を掴む巨大な手をすぐそばに引き寄せる。
怪人が紅葉を凝視し、呟く
「『も……視ジ…………御ね得血ゃン……?』」
そうつぶやいた直後、紅葉をつかむ巨大な手がどろりとケロイド状に溶け、紅葉を侵食する
「いっ…!!?ぎ…あぁぁぁぁぁぁああっ!!!!」
関節をはじめとした銀の甲冑の隙間から、体の内部へと侵入される異常事態に
痛覚、熱気、寒気、触感、性感…体中のあらゆる神経細胞が警告を発している。
しかしナノマシンが浸食した部分からハッキングされ、浸食による神経の警告まで体の内側まで這ってくるのである。
紅葉は悲鳴を上げて電流を発そうとする…しかし。
「あぁぐっ…ぐ……ぅぅぅぅぅぅぅっ」
耐えた、相手はナノマシンの塊として暴走した梨沙だ。
今電流を流せば梨沙も無事では済まない筈だ。
「り…さ………ぁ…」
ケロイド状の怪人に呑まれる形で、紅葉は意識を手放した。
三井教授は、彼女たちのスペックを熟知したうえで来たはずだった。
彼女たちには到底…まして生身の人間にさえ後れをとる筈などないという確信があった。
なのに何故、彼女たちは…特にNo.4は強化戦闘員を圧倒し、あまつさえNo.5への前哨戦とすら扱わないほどの結果を出しているのか。
紅葉が怪人に呑みこまれたから良いようなものの、壱織達と戦っているこちらの戦況はあまりいいモノとは言えない。
「何故だ、スペックでは貴様らなど強化戦闘員の足元にも及ばない筈だ…!!!」
「てめぇは趣味に走りすぎなんだ…よっ!!!」
大家さん…大樹が軍服の殴りかかる腕を寸前で避け、背負い投げる。
実際、軍服達は女性型だ。
先ほど五花宅に押し寄せていた男性型ならいざ知らず、質量を小さく小型高性能化した戦闘員たちなら技術さえあれば投げられる。
そうでなくても、鍛え抜かれた大樹の腕力と技術なら相手が男性型であろうと投げ飛ばせていたに違いない。
軍服同士がぶつかり合って、一帯がドミノ倒しになる。
そこへすかさず大樹は手榴弾ともいえる弾頭を投げつけた。
瞬間、爆風が軍服達を襲い、後には何も残らなくなる。
「その気になりゃ壱織だって投げ飛ばせらぁ。」
「それはどういう意味でしょう?」
背中合わせになった壱織が静かに怒りを込めた口調で大樹に聞き返した。
いや、旧式のサイボーグである時点で重量自体はあるし、そもそもサイボーグである時点で体重は気にしたって関係ないようなものだが
さすがに女性として、体重の事を言われるのはショックであるらしい。
そう言っている間にも、軍服の一体がレイピアを壱織に放った。
壱織はカメラアイで確認した瞬間、サポートコンピューターの指示も間に合わないような反射速度と計算能力で、裏拳をレイピアに充て軌道をそらした。
紅葉もそうだった、本来の放電加速機能を、独自の解釈と戦闘本能でさらなる能力に開花させている。
「ち、調教しきったこいつらでは話にならないということか…下 が れ ぇ !!!!」
三井教授の怒号におびえるように、軍服達は滝割りのように三井教授と壱織達との間をあけて空間を作った。
一方で三井教授は作務衣を脱ぎ、人形のように白い少女の肌を露出する。
「なら、私が相手になろうじゃないか…久しぶりになぁ…No.1。」
三井教授が、機械少女のあどけない顔を恐ろしい狂気に歪ませる。
「変身。」
グパン!!
三井教授の立っている多脚機械が、花開くように展開し三井教授をその生体部品に取り込んだ
そして折りたたむように多脚機械が変形を繰り返し、やがて人型の巨人へ変形する。
胸にはトルソーのように無防備な上半身をさらけ出す三井教授が組み込まれているが、その周囲には硬質な防弾ガラスが張られている。
「久しぶりに、実験体を踏み砕く快感を、私に与えてくれ!!!!」
「……悪趣味ここに極まれりだな、あれ元はあのじぃさんだろ?」
「・・・・・・・。」
吐き気が込み上げて、大樹は口元を押さえる。
一方で壱織は、確かな憎しみを込めた目で三井教授の本体を見つめていた。
「そんなに怖い顔しちゃいやよぉ、No.1…これは総て貴女の研究が招いた事なんだからねぇ」
三井教授は、外見相応の口調で壱織に言い放つ。
「あぁそうか…貴女の『妹』、もうNo.5に呑まれちゃってるんだっけ?」
今ここに居るのは、調教によって完全に思考能力を奪われた軍服達を除き当事者である三井教授と壱織、そして大樹のみ。
「そう、だから話す事は何もない…」
壱織は剣を構え、三井教授の巨体に構える。
「つめたぁい♪それでこそ我がファウストの誇る最狂冷徹の技術者だわ!」
「紅葉は帰ってくる、貴方は本当に分かってないの?
信号解析すれば、すぐにわかるものを…だから私が居なくなって初めて教授になれた。」
三井教授の目が、これ以上ないほどに大きく見開かれた。
「…………………なに?」
「ここは…」
紅葉が目を覚まし気付いた事は、体の感覚が総てなくなっていた事だった。
「死んじゃったのか?…あたし……ハハッこの体でそう言うのもおかしい気がするけど…」
自問自答して軽く笑う。
その余裕が何処から来るものか、紅葉はとうに見当がついていた。
目の前でうずくまりすすり泣く、クリーム色の少女。
否、そこはもう意識だけの世界なのだろう…少女の髪は栗色だし、自分は生来の赤い髪の色をしていた。
気付いて自分の生まれた家が本当に外国由来の良家だったんだな…と内心で驚きつつも、その赤毛をいじくりながら紅葉は梨沙に歩み寄る。
「………こないで…」
怪人の発していた超低周波の咆哮…それを解析して得た『悲鳴』…
少女は…梨沙はその口で、少女本来の消え入りそうなか細い声でそれを呟いた。
「わたしは…人を殺しちゃった…いっぱい、いっぱい…あの人たちとも、おねぇちゃんたちとも同じ…
もうやなの……誰もこないで…そうじゃなかったら…私を……ころ…」
梨沙が言いきる前に、紅葉は梨沙に駆け寄り、梨沙の体を起して抱きついた。
懐かしい生身の感触を、その世界は忠実に再現していた。
「梨沙、現実を見て」
紅葉は、話してやっと自分が鼻声である事に気付く…しかしそれも気にせず梨沙に話しかけて行く
「壱織姉ぇも、大家さんも、梨沙のために戦ってる」
「わたしが、哀れだから?」
梨沙の問いに、違う。と紅葉は断言する。
「違う、生きてほしいから…人間として、どんな体でも人間として生きたいから
これが私たちに残された、人間らしさだから…
それを正しいことだって証明したいんだ」
紅葉の梨沙を抱く腕に力がこもる、生身の頃のひ弱な腕…しかし梨沙には紅葉の熱が確かに伝わっていた。
「ファウストでも、誰かを殺してまでそれを得ようとするのは身勝手な我儘かもしれない
でも、梨沙…罪は誰でも背負うものだよ。
それを償うのが、生きるってことなんだ…生き物として、人間として…
だから、梨沙…生きよう、一緒に!!!」
少し離れて、梨沙を見る紅葉の瞳は何処までもまっすぐで
梨沙は、四季紅葉という人間の心の在り方を…その目に映した。
そして梨沙は、この体になって初めて…自分の意思を口にした
「・・・・・・・・・生き・・・たい・・・っ!」
その目からはもう、涙は止まっていた。
「貴様ぁぁぁぁぁああ!!!!!」
三井教授の悲鳴に近い叫びが響く。
三井教授とダイレクトに連動した巨人の体は、その巨体に人間と同等の反応速度を与え
教授の猛攻を、壱織も回避することしかできない。
「貴様が居たから…!!!私の名声は地に落ちたんだ!!!
こんな処で隠れて研究する事になったのも!!!
誰もついてこないのも!!!!
貴様がもてはやされて、私に視線が来なかったからだ!!!!
自覚していて尚私を侮辱するか、桜壱織ぃぃぃぃぃぃいいい!!!!!」
「うぁっ…!!?」
巨大な拳が地面を削り、壱織は土砂に巻き込まれた。
「やはり変わらんなぁ~、いくら戦闘に慣れようが、スペックを超える事なんて出来る筈がないのだ」
三井教授は狂気の笑みを浮かべながら、壱織の足に巨人の足を乗せる。
ミシッ…ぎり、バキっ
「ぐ…ぅっ…ぅあ、あああぁぁぁぁっ!!!?!」
右足を潰された痛みに、壱織は悲鳴を上げる。
「ひゃひゃひゃひゃ…!!!」
「ガラ空きだ馬鹿野郎。」
ガコン、
大樹の放った銃弾が、三井教授の肩に命中した。
一瞬の間をおいて、爆発。
「ぐぁぁぁあああっ!!?!…なんだと、『蓮獄』の装甲にそんなもの通る筈が…っ!!!」
それは融合型が故の視点の違いだった。
先ほど大樹が放ち、瓦礫で防がれた炸裂弾は確かに三井教授に命中する事はなかった…
しかし、瓦礫をわずかに貫通し多脚機械自体にはわずかながら傷を与えていたのだ。
そのわずかな傷の隙間から、炸裂弾を爆破させた事により、三井教授には致命的な装甲の欠点が出来てしまった。
「ぐ…くっそぉ…っ」
しかし、大樹は苦痛に負けてその場に膝をつき、肩から倒れこんだ。
それを撃った大樹自身も、既に肩が限界に来ていた。
不敵な笑みで隠してはいたが、先ほどの戦闘での消耗も激しかったのだ。
壱織も片足を損傷しては、技術による攻撃も不可能…三井教授の有利には変わりがなかった。
「貴様らぁ…そのうす汚い脳漿を今ひりつぶしてやる!!!」
巨人の足を持ち上げ、三井教授は壱織の頭部に狙いを定めた。
スト ん
「……あ?」
足が下せない、何かが下そうとさせない…
体の中に芯が通って、固定された感覚を三井教授は感じていた。
三井教授は、何とか動く本体のみを捻り巨人の肩を見た。
クリーム色の杭が刺さって、機械の内側に浸食しているのが目に見えた。
「なんだと……これは…まさか!!!!」
「それが原因だよ、三井教授…貴方は独りよがりすぎたんだ。
だから誰も近づかないし、誰の事も貴方には理解できないんだ。」
壱織が諭すように呟いた。
杭の放たれた先、遠く半kmは離れた位置に、パイルバンカー状の鉢を腕に泊まらせ構えたクリーム色の少女の姿があった。
そして、亜音速で駆け寄る銀色の光が眼前に迫る。
「…!!!うごけぇぇぇぇえええ!!!!!」
危機を感じた三井教授の執念が、杭の呪いに打ち勝ち、壱織を外したとはいえ
巨人の足をおろしそれを避けることに成功した。
銀色に輝くそれは、銀色の狼を擬人化したような甲冑に身を包み
三井教授の巨人の肩の上に着地していた。
そして銀色の狼…紅葉は左腕を強く握り、体内の電気を放電させる。
「歯ぁ食いしばれぇ!!!」
乾いた音は防護ガラスが割れた音、そして…紅葉はそこで拳と放電を止めた。
「装備のバッテリー切れ…ならば私の身でも!!!」
巨人から分離した三井教授本体の腕が変形し、異形の鉤爪となって紅葉に襲いかかる…しかし紅葉は左手でそれを受け止めた。
「言ったろ?歯を食いしばれって!!!!」
そして右手を握りしめ、電磁加速も放熱もない渾身の拳を三井教授に打ちつけた。
やがて、巨人の肩に刺さった杭が溶け、巨人の体を溶かしていく…
巨人の体は完全に消滅し、気を失った三井教授とその胸ぐらをつかむ紅葉が残った。
「…これだけの失敗をしたんだ……私をファウストに送り返しても、いずれは実験隊として殺されるだろう
私を生かしたところで、それは偽善でしかないぞ……?」
力なく軍服に抱きかかえられ、ヘリに乗り込みつつ三井教授は言う。
負けて冷静さを取り戻した彼の言うことはもっともだ。
しかし紅葉は、その三井教授に反す。
「でも、償って少しでも生きなよ
偽善なんかじゃない、少しでも生きるべき奴は生きてほしいだけだよ」
こちらも紅葉に抱えられながら、壱織は言った。
「互いに犠牲は大きかった
ファウストの上層部もそろそろ 人 員を割けなくなってきている筈でしょう?
とくに、最初から『あの男』の研究に関わっていた貴方なら尚の事よ」
「…壱織姉ぇ…あの男って何なの?
…そろそろ本当のことを話してよ、何も隠さずに」
紅葉の有無を言わさない問いに、答えたのは三井教授だった。
「教えていなかったのか…No.4
お前の考えている通り、その女は私の元同僚…いや、私以上の『実験』を成功に収め…
それなのに良心の呵責に耐えきれず出て行ったのさ…そして」
言葉をさえぎり、壱織は続けた。
「『あの男』はね、私たちの元であり原点…最初に『発見された』サイボーグ
私たちの知らない組織の歴史を総て収めた…オーバーテクノロジーの申し子…
私たちの、最後の患者だったのよ…」
To be continued
PR
最近、停滞気味なのがちょっと残念ですが・・・
続編楽しみにしています